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その二(日本)

      夢を見た!願わくば現実になればいいと思う夢だった。

なかなか始まらなかった衆議院選挙も終わり、結果としては民主党が政権政党になった。
公明党は政教分離を突かれたり自民党の片棒を担ぎすぎた事などが原因で大敗した。
独自の不況対策や企業などへの働きかけが、労働者の心を掴んで共産党と社民党が議席を倍増した。
自民党と民主党の議員が極右政党を作り、政界の図式が分かりづらかったのがはっきりした。
民主党は議員が抜けたので過半数維持はしたものの、緊急時の国会運営をスムーズに行うためにも共産党と社民党の協力を仕方なく仰ぐしかなくなった。
右寄り議員が抜けた為、旧社会党の議員が力を増しリベラル色が濃くなった。
数の減った自民党は過去のしがらみに固執して脱皮出来なくなっていた。
自民党、民主党の二大政党制は確立されないまま多党時代に突入し、国民にとっては選択肢が増えて良いと思うが、議員は大変だ。
今までのように中途半端なごまかしが利かなくなり、問題発言はとことん追及されるようになり勉強不足は命とりとなった。

2008年12月の不況下に、利益から配当金などを引いた内部留保金が空前の規模に積み上がったらしい。   
日本を代表する大手製造業16社(トヨタ自動車など)で33兆6000億円を超えたとのこと。
それらの金が企業にとって財務基盤強化の為、大切なのは分かるが国の緊急時に付き30%課税された。
東証第一部企業への内部留保金への30%の課税は国の国家予算をはるかに超え、多党乱立の今、政府はこの予算を効率よく使えなかったら大変な事になる。

一年後

以前のように高所得者への優遇、大企業優遇政策は無くなり、それなりの課税をした為、貿易はまだ厳しいものの赤字国債も減らせる見込みがついてきた。
消費税も0%に戻り、消費も徐々に回復が進み、雇用も改善され少しだけ活気が戻ってきた。

経済産業省が推進してきた海外への原子力発電所の技術輸出が本格化し海外からの原発見学ツアーが多くなって来た。
ある日、大商談をまとめるため、政府要人同士が原発見学ツアー中に地震が起き、屋内のパイプが破断して少量のプルトニュームが漏れる事故が発生した。
政府要人は被爆して軽い火傷をした。
事の重大さから、そのニュースは臨時ニュースとして世界を駆け巡った。
隠されていた過去の原発事故も話題になり、日本の原子力発電所安全神話は総崩れしてしまった。
海外受注の商談も全てご破算になり、国内の原発も全て停止した。
当然、一民間人の被爆だったらこのようにはならなかっただろう。
100万年後まで残る国内の大量の核のごみをどうするか、大変な課題を日本国民は背負った。

原発事故の影響もあり安全なエネルギーの開発が急務となった。
風力、地熱、波動、太陽光などがあるが、特に大規模洋上風力発電所が注目されだした。
九州大学のグループが研究開発している。「1ユニットで原発1基分の発電」
政府も国家戦略として開発に乗り出した。

2007年7月には「従軍慰安婦」問題についてアメリカ下院議会で「日本政府は、明瞭かつあいまいさを留めない形で公的に認め、謝罪を行い、歴史的責任を受け入れるべきだ」と決議が採択されている。
オランダ、カナダ、欧州議会でも決議が採択されている。 事実です!!!

2010年には日本政府に対して、第二次世界大戦で強制労働や従軍慰安婦や虐殺などの行為に対して、中国を含むアジア、欧米の被害者が早期の謝罪と補償を最後の体力を振り絞って求めた。
世界各国で「従軍慰安婦問題」と同じように議会で決議が採択された。
かつてドイツも行ったように日本政府も遅まきながら戦争責任を取り国際社会から信用を取り戻してきた。
日本の軍事予算一年分の5兆円が当てられ、北朝鮮にも支払われ平和条約が締結された。
拉致被害者の方たちも帰国し、当然の如く拉致被害者の方たちにも北朝鮮政府から謝罪と補償を勝ち取った。

北朝鮮と国交が結ばれたことにより朝鮮半島経由でロシアから鉄道や陸路で、石油、天然ガス、鉱物資源などが入ってきた。

日本と中国は「戦略的互恵関係」から「平和的互恵関係」に変わりロシア同様、鉄道や陸路で様々な物資の輸送が行われるまでになった。
アジア通貨が出来るほど信頼関係が強くなった。

アメリカはドルの信用も無くなりイギリス同様、立ち直りが遅くなりそうだ。
鍵となるのは早期に軍産複合体の解体、財閥解体との国民の意見が強くなってきた。
日本の米軍基地が撤去され、2000億円強の「思いやり予算」や5兆円弱の「グァム島移転費用」の肩代わりが無くなり財政も潤ってきた。
今世界では不況の嵐から軍縮の嵐に変わり始めてきた。
中国、北朝鮮、日本の軍縮交渉も始まり国際社会からの真の信頼も得てきた。

二年後

大規模洋上風力発電が電力を水素に変換して貯蔵、船で陸に運び電力として利用するシステムの技術が開発され、その技術が車の輸出額を超えた。
勿論、中国にも輸出され石炭や石油の消費が減り、世界自然遺産の屋久島の森が回復した!!!

次回は屋久島です。  長文ご講読ありがとうございました。

 

 

 

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金澤 尚

Author:金澤 尚
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流木アートギャラリー森のもののけ屋久島
TEL 0997-47-3977
http://ryuboku-art.net/

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